2025.12.11|師匠のことば
早いもので2025年も師走となった。
少しずつ掃除を始めたら、
今年の抱負は、「自分の本質に立ち還る年になりますように」とするメモをみつけた。
自我からの解放は、理論ではなく、日常の生を生きることの中で感情や思考を隠すことなく自分なり肯ってゆっくり解決していくことだと痛感する年の瀬になった。
のろのろと木偶の坊のように生きている。
不思議なことに相談室では、本質に出会うことを目指す来談者とエネルギーのやり取りをするようになった。
エネルギーの師匠の言葉を思い起こしている年の瀬だ。
『数千年前から人間は欲望と悩みの中で生きている事に、改めて驚愕しています。
今も昔も、恐らくは「私」の欲望が社会でも、一人の人間の中でも猛威をふるっているのでしょう。
そこから抜け出すために、多くの先人たちは、修行や瞑想など、様々な方法を編み出してきたのではないかと思います。
どんどん便利になる現代社会になっても、「私」の欲望は更に増し、
豊かでありながらも、尽きることのない欲望は更に増しています。
「私」という表現を使っていきますが、
「私」は、社会に順応するために「本来の自分・素の自分」「本性」につけた鎧が、いつの間にか鎧であることを忘れ、本性よりもセンターにきている状態のことを、ここではあらわしています。 無意識にその鎧に費やすエネルギーは相当なものです。 例えば、緊張する相手と食事するのは、親しい人と食事するよりも疲れると思います。 その緊張する相手と食事をし続けている緊張状態を続けている様なものなのです。 若いうちは良いけれど、歳を経ればだんだんと辛くなってきますよね? 社会に順応するためにつけたのが鎧ですが、 その鎧を取って社会に順応できなくなるところに戻るのではありません。 本性が、鎧は鎧として認識し、本性が主体となって日々の洋服を選ぶように鎧を着せ替え可能にしていくのです。 YEメソッドは、自分の本性を見つけていくためのツールでもあります。 チベット仏教の中にゾクチェンの修行があります。 ゾクチェンのラマさんは、鏡と水晶を使ってお弟子さんに説明をします。 鏡に映っている世界を「本物の世界」だと思っている人が大半だけれども、 鏡本体こそが本来の自分なのだと。 そして、水晶球を用い、そこに映り込む世界が自分なのではなく、水晶球こそが本当の自分だと教えます。 YEメソッドは、この水晶球であることに気づく道のりでもあります。 本当の自分だと思っている「私」からの脱却により、より広い視野から世界を見る。 そして、鎧によって止まっていたエネルギーの流れを取り戻し、 シンプルに自分本来の生き方をするのです』