2016.01.04|あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年は、人生の目標のようなものがおぼろげながら

見えた一年でした。

今年は、年女です。

申は、嫌なことが去るとも言われています。

でも、大いに嫌なことも肯って一歩前進したいと思っています。

上空から見た富士にも力をもらえました。

心的エネルギーのまま、宇宙の働きに身をまかせてみたいと

思っています。

 

2015.08.20|生と死

 

大橋 繭子さんの写真
大橋 繭子さんの写真
大橋 繭子さんの写真
大橋 繭子さんの写真
大橋 繭子さんの写真

随分と長い時間、ここで過ごした気がする。
そして生ものにたくさん触れた。

海。
向こうに佐渡はない。
どうやって辿り着いたのか、そんなことはお構い無く流れついた処で知らない海の中を彷徨っていた。

海に生き、死んでなお、波の中で丸みを帯びていくことをただ受け入れながら揺れる貝。

雫に貫かれるほどの長い時間、居場所を変えない石。

生生と蛆が貪るのは流れ着いた海亀の屍。

漁網のこちらとそちらの境界線を無視して散々絡まりながら組織する赤い貝。

ない部分が他所にある半身のパン。

どれも哀惜はなく、躍然たる存在感を纏ったおそろしく美しいものだった。

死というのは一体どこからがそういう状態で、どこにあるものなのかと不可思議だった。

どうだった?と訊かれるとこう言うしかないので黙ってしまいますが、端的に言ってみると、泳いで食って呑んで歌って踊って家事をして、楽しかった千倉での数日間でした。

(大橋さんからの便り ママ)

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大橋繭子さんと過ごした千倉の家。

パンもルリマツリもノウゼンカズラも全てあの人が遺して置いてきぼりにしたものだ。

わたくしは、あの人の何も見ていなかった。何も聴いていなかった。でも、毛穴に染み込んでいた。

全てが蘇ってひとつになった。てこのような力を持った人だ、繭さんは。

現実見当できないないくらい、姿の見えない世界をさまよった数日間だった。

2015.06.11|岩波 国語辞典

生まれて初めて自身で国語辞典を購入した。

『岩波 国語辞典』第7版 新版。

装丁は、名久井直子さん。

薄紫の表紙がすでにポエジー。

隅につる草の模様が押してある。

辞書というのは、分からない言葉に

であったときに調べるというのが基本かもしれないが、

この「本」は読書したくなる。

序文に、すでにえらく感動してしまった。

まるで恋文を読んでいるかのように。

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はじめにしばしば、日本語のあいまいさということが

指摘されるが、これは日本語自身の責任というよりも、

日本語を使う人の側に責任がありそうである。各人が、

一語一語の基本的意味を明確にはとらえていないで、その場

その場でかなり勝手気ままな使い方をするために、社会全体からみると

、結局、その語の意味がきわめてあいまいだということになるのではなかろうか。

そして、語の基本的意味を明確に記述しておくのは辞書の役目のはずである。

(中略)

語の意味は必ずしも一つとは限らない。しかし、これまでの多くの辞書は、一語の意味をあまりにも細かく、しかも並列的に記述してきたきらいがある。そして、どちらかというと、その語の基本的意味がなおざりにされていたようである。この辞書では、ここのことを反省して、出来るだけ、一語一語の基本的な意味を解明しようとした。現象的なものよりも、その根底にひそむ根本的な意味を明らかにしようとしたのである。

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2015.05.05|一本の木

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今日は5月5日、子どもの日。

まるで初夏のような陽気で、

さわやかな祝日です。

今春は、いろいろなことが起こります。

世界の中でも、日本の中でも、相談室の中でも。

良い方向にも悪い方向にも一歩一歩進んでいることを

感じています。

昨日、一本の木が相談室にやってきました。

「もう死んでいるよ。」と。

わたくしの指がちょっと触れただけで、細い枝は、

枯れ木のように簡単に折れてしまいました。

でも、まだ大丈夫、とわたくしは思っています。

根元は、こんなにも美しく苔生しています。

きっと明日は、もっと元気になるよ。

良いことも悪いこともまた明日。

2015.02.23|ダイアローグ・イン・ザ・ダーク

昨日、友人に誘われて、暗闇の中に身を置く体験をしました。

視覚障害者のアテンドに支えられて、1時間半、漆黒の世界を歩きました。

白杖を持ったのも初めての体験。

“みえない”とはどういうことか、全く分からなかったのだけれど、それは、懐かしい記憶が蘇るような安心感に満ちた心地よいものでした。

人や物を確かめるには、やさしく触ったり、音や声に集中するしかありません。距離感も音が頼りです。

自分自身の存在を声を出して相手に伝えなければ、気持ちのやりとりはできません。

暗闇に一緒にいる相手にとって最善のことをしようとする、素直な気持ちが前面に出てきました。

「わたしは、○○です。あなたは?ここに段があるから気をつけて!」

「ありがとう!わたしは、○○」って手を一瞬握って、お互いの存在を確かめ合います。

光のある世界の人との距離感よりずっと近く、温かいものです。

暗闇は、単なる闇ではなく、自分の中の自分に入る体験でした。

今日は、面接中、何度目を瞑ったことでしょう。

人の声や音に意識を集中することで“みえない”をみることができる気がしているのです。

2015.01.23|ピースとハイライト

♪♪桑田佳祐さんが作詞作曲したサザンオールスターズの「ピースとハイライト」という歌は、

平和と愛にあふれた歌だと思っていたのだか、「政権批判」に歌に聞こえるという向きも

あるようだ。

♪♪

希望の苗を植えていこうよ

地上に愛を育てようよ

未来に平和の花咲くまでは・・・憂鬱(Blue)

絵空事かな?お伽話かな?

互いの幸せ願うことなど

 

歴史を照らし合わせて

助け合えたらいいじゃない

硬い拳振り上げても

心開かない

都合のいい大義名分(かいしゃく)で

争いを仕掛けて

裸の王様が牛耳る世は・・・狂気(Insane)

♪♪

そうとうな圧力があったのだろうか。

桑田さんが謝罪のコメントを発表した。

今、日本は風刺許さぬ風潮が漂っている。

これは、民主主義ではない、洗脳だ。

風刺の毒よりはるかに毒素が強くて危険だ。

2014.12.11|まずは好きになることじゃないかな

とあるクリニックで目にした記事が心に残ったので記憶を辿って書いてみます。

ピアニストを目指している少女からの、どうしたら上手になるかという質問に、あるピアニストが伝えた言葉です。

 

「どんなに頑張っても人間は、嫌いなものにありったけの情熱なんて注げないから」

 

仕事にしろ趣味にしろ生活にしろ何かを達成したい時に、難しかったり、苦しかったり、うんざりすることもあるでしょう。

そんな時、一歩ひいて全体をみたり、別の角度から眺めてみましょう。

自分の人生を「引き受ける」ということは並大抵のことではないけれど、つらい試練も引き受けて生きるということは並大抵のことではないけれど。。

きっとどこか好きになる部分がみつかり、前に進む力が湧いてくると思います。

2014.10.12|日曜日の楽しみ

facebookに投稿するようになってからこのHPのことが疎かになってしまった。

もう今年も月のたいそう美しい季節になった。

空が高く、高く、広く広く、そしてちょっぴりブルーな気分が心地よい

大好きな季節です。

最近の楽しみは、日曜日の朝に聴くラジオ。

NHKラジオ第一7時半~「落合恵子の絵本の時間」。

ベッドの中でボーっとしながら冒頭に流れる「REFLECTION」

ジョージ・ウインストン(作曲・演奏)を聴きながら少しずつ目をさましていくのだ。

今日の絵本は、『やになった』ブルーの・ムナーリ作 谷川俊太郎訳

ぞうは、大きくて重たい動物、ぞうが嫌になった。

飛んで歌える小鳥になりたかった。

小鳥は、水の中を自由に泳げるお魚になりたかった。

お魚は、・・・・・

貴方は、人間以外の動物になるとしたら何になりたいですか?

自分であることがイヤになることってあるよなぁって思って聴いていると

一番最後にビリージョエルの「honesty」が流れた。

これを聴いていた頃、わたくしは若かった。

「♪♪優しさを見つけることは、難しくない。しかし、誠実さを求めるとそれは

難しい。誠実とは、なんと虚しい言葉だ。だれもが余に誠実じゃない。

僕は信じられる人がほしい。♪♪」

今でも泣きたくなるほど好きな曲だったと知らされた朝。

2014.08.08|初めてのパフォーマンス

イベントのお知らせです。

 

言葉と音楽における詩的表現についての企画です。

わたくしは、朗読と歌を唄います。

尊敬する陶芸家 石原稔久さんの作った

絵本「セルゲイとココルル」を朗読します。

歌は、「星に願いを」と「芽」を。

全力で挑んでみる、初パフォーマンスは

一体どうなるかな。

 

「サムシング ポエティック」

 

2014年8月30日(土曜日) 於 ギャラリー白線(阿佐ヶ谷)

http://hakusen.jp/

 

開場:15:00

開演:15:30

入場:¥2000

 

出演:stilllife

柴田聡子

菅納友子(伴奏:浦裕幸・山口晋似郎)

 

プロフィール:

stilllife

非楽器・非即興・非アンサンブルという抑制の果てに立ち現れる、気配と静謐のフラグメント。フィールドレコーディングに基づく活動をしてきた津田貴司と笹島裕樹によるサウンドアート・ユニット『スティルライフ』。2014年秋、フルアルバム『夜のカタログ』をリリース予定。

 

柴田 聡子

1986年北海道札幌市生まれ。2010年より都内を中心に活動を始める。東京芸術大学大学院映像研究科2011 年度修了制作展北海道札幌市生まれ。2010年より都内を中心に活動を始める。東京芸術大学大学院映像研究科2011 年度修了制作展「MediaPractice11-12」のテーマソングにボーカルで参加。2012年6月、1st アルバム「しばたさとこ島」を浅草橋天才算数塾より発表。2014年4月、2nd アルバム「いじわる全集」が発売。

 

菅納 友子

1956年生まれ。臨床心理士。「神田たちょうこころの相談室」で日々カウンセリングをしている。2014年より声(音)によって コミュニケーションを取りたいと思いソロ活動を開始。

 

浦 裕幸

1984年東京生まれ。10代前半より音楽活動を始め、主にドラムやモノを使った即興演奏、音についてのインスタレーションの制作や、パフォーマンスを行うアーティストとして、東京を拠点に活動しています。

 

山口 晋似郎

1983年生。時間や音のタイミングについて考えたことを作曲にしている。ギター・電子楽器等を使用。その他の活動はバンドワークショップ伴奏録音手伝いラップやダンス作品への楽曲提供CD製作デザイン会合開催等。

 

会場:

ギャラリー白線

〒166-0004

東京都杉並区阿佐谷南1-36-14 ハウス白鳥1F-B

03-5913-9286 info@hakusen.jp

 

 

ご予約:山口晋似郎

yamaguchi@two-lines.org

2014.06.25|お知らせ

お休みのお知らせです。

6月29日~7月2日までお休みさせて頂きます。

神田橋先生のところで勉強してきます。